パーソナル・ショッパー(オリヴィエ・アサイヤス、2016)

よく耳にしたり目にしたりするけれど一本も作品を見たことがないという映画監督が何人もいて、アサイヤスもそのうちの一人だ。まだまだ知らない監督がたくさんいると思うと、そしてどんどん増えると思うと、めまいを覚える。日頃より趣味は苦痛だとつい言ってしまうのだが私は苦痛であったりつらい状態がまったく嫌いではないので、めまいを覚えながらも映画を見ていくのだろう。見たい映画がたくさんありすぎてつらいよ、と言いながら。

監督の作風も映画の内容も前知識なく鑑賞した映画というのは、久しぶりかもしれない。だからジャンルがサイコスリラーというかホラーだとは思わなかったからかなり驚いた。というのも私はホラーが一番苦手なのだ。怖い作りをしているから怖いのは当然だと知っているはずなのに、とにかく怖い。怖くて見ていられない。『ネオン・デーモン』ですら一瞬目を瞑るくらいなのに。今回も、ああもうダメだとスクリーンを直視できない箇所があった。何も起こらないのは知りつつ(ちなみに、ホテルのドアスコープからモウリーンが覗くシーン)。

でも、面白かった。サイコスリラーというジャンル映画でありつつ、クリステン・スチュワート演じるモウリーン個人についても描くという二面性をバランス良く持っていた。特に、不在の弟との対話、不可解な人物との対話、不可視の魂との対話といった超自然的な要素が、モウリーンの心の不安定さをより際立たせていたように思う。

双子の弟を亡くして強い喪失感を覚えるモウリーンだが、弟が生きていた頃はどんな生活をしていたんだろうかと想像してみたが、うまくイメージが湧かない。映画からわかるように、不在であるはずの弟の存在感が異常なまでに強く、モウリーンも不在の弟に固執している。おそらく弟は彼女の拠り所になっていたのではないか。そしてその弟の存在がなくなった今、彼女は初めて自分の実在に対面しなければならない。

モウリーンは2つの事に囚われている。死んだ弟からサインを得れば自分の人生を歩めるようになるという期待と、着替えることによって自分ではない誰かになりたい願望の2つだが、どちらもパッシヴで自己否定的な思考だ。また、彼女が選んだパーソナル・ショッパーという職業―日々忙しく飛び回るセレブリティに代わって買い物を代行する仕事―は彼女自身がやりたい事ではないし、自分の身体を通して見えない存在とコンタクトをする霊媒という能力も、一種の代行業務とも言えそうだ。誰かが存在して初めて自分が存在できている状態にあるモウリーンは、ひたすら不在の弟からのサインを待ち続ける。

しかし、実際に現れるのは弟からのサインではない。誰のものかもわからないテキストメッセージが携帯に届き、しかもその相手はモウリーンをよく知っていると言う。弟からのサインを待つ彼女にとってその相手は弟でしか有り得なく、すがるように携帯を握りしめ、テキストメッセージを送り返し、さらなる返信を待ち、しかし時にはネットワークをオフにして意識から遮断しようとする。ショット/リバース・ショットを用いた映画的な会話のシーンがモウリーンと携帯電話の間で行われるのは中々奇妙ではあったが、携帯の小さい画面に全神経が囚われる彼女の姿には見覚えがある。誰ともわからぬ相手にすがりつき、真っ当なコミュニケーションではない対話が繰り広げられるたびに、モウリーンの精神的な不安定さとジャンル映画としての不安さが増大し、映画が完成される。

比べられるは同様にショービズ世界を舞台にした『ネオン・デーモン』なのかもしれないが、私は『カフェ・ソサエティ』と比べたい。もちろん、クリステン・スチュワートを軸にして。
まったくトーンの違うスチュワートではあったものの、共通した性格を持ったキャラクターではあった。『カフェ・ソサエティ』でスチュワートが演じたヴォニーという女性は、ハリウッドのセレブリティたちをニヒリズムを持って見ていた。彼らの物質主義とは相容れないという態度をとりつつ、最終的にはその物質主義側に入り込んでしまった。『パーソナル・ショッパー』でのスチュワートは、モノにまみれたセレブリティと同じように一線を引きながらも、彼らに仕え、他人になりたいという願望をモノに包まれることによって果たそうとする。クリステン・スチュワートという中高生から絶大な人気を得ていた彼女がこのような役を演じるのは、ひどく倒錯的な感じだ。ヴォニーもモウリーンも、若くしてセレブリティの頂点へ到達した彼女しか演じることのできない役のような気がした。

ちょっと面白かった箇所をひとつ。
モウリーンのテキストメッセージの作り方が、あまりないタイプだった。というのも、英文で打つ時に「?」や「!」の前にスペースを空けないのが一般的だと思っていたのだが、彼女は記号の前にスペースを空けるのだ。インタビュー記事を読んでいたら、それはクリステン・スチュワートの癖とも書かれていたし、フランスの若い人たちでは普通とも書かれていた。特徴的なタイピングだったので、とても印象に残っている。モウリーンのキャラクターと合っている感じだ。

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